2018年

ザ・芸能界。
日本における「芸能界」と言う世界は、何十年と言う歴史を積み重ねてると思うのですが、
その中での「音楽」も、色々な人々の心を支えてきました。
その曲を聞くと、楽しかった時を思い出す曲。
その曲を聞くと、悲しくなる曲。
その曲を聞くと、幼少時代に戻れる曲。
その曲は、絶対に聞きたく無い曲。
僕はギターという楽器を演奏する人なので、どうしても、CDやレコード。ラジオを聞いても、「ギター」の音に耳が傾いてしまうのが、本音です。
そんなギター少年は、小学生の頃にギターと出会い、中学生でエレキギターを知り、高校生の時にバンドでデビューを果たします。
僕らの時代は洋楽が全盛期で新しいジャンルの音楽や、少しするとコンピューターが音楽に導入される様になった時代です。
もちろん、例に漏れず、僕もその時代の洋楽でたくさん勉強したのですが、
日本にも、たくさんの「ロック」の歴史があり、たくさんの「ミュージシャン」が、
心の奥のくすぐったい所の「音」を、奏でてきたのです。
日本におけるエレキギターの師は、誰が何を言おうと、寺内タケシさんであり、ジャンル問わず、全ての
プロミュージシャンの頂点だと思っています。
その寺内さんが開いてくれた門から、日本における、最初のバンドブームが始まったのではないかと。
'60年代初頭からジワジワと来た「GSブーム」。
僕が「音楽物心」が付いた頃には、すでに海外公演も果たした、スパイダースを始め、
タイガース、テンプターズ、ブルーコメッツ、オックス、カーナビーツ、ゴールデンカップス、ワイルドワンズ・・・。
星の数ほどある、グループサウンズの先輩ミュージシャン達が、名曲を奏でていました。
日本と言う国はブームが過ぎると、振り向きもしない方が多い様で、3〜40年同じ曲を聴き続ける人は少ないかと思います。
数々のバンドが解散して行く中、苦難を乗り越えて産まれたバンドが「PYG」でした。
もちろん、僕は後追いですが、すっごく夢中になりました。もちろん、今でも聴いています。
スパイダース、テンプターズ、タイガース、人気バンドのそれぞれのメンバーが集まって結成したバンドであります。
1971年結成で、シングル5枚、アルバム2枚を発表して自然消滅な、日本のスーパーバンドであります。
そんな PYG のリーダーが、ギターの井上尭之さんであります。
のちにテレビドラマの「太陽にほえろ」「傷だらけの天使」「寺内貫太郎一家」「前略、おふくろ様」等々、
楽曲提供、そして、演奏してきたギタリストであります。もう、こんなギタリストは出てこないのかなぁ〜。
そう、日本国民の98%は尭之さんのギターのサウンドを聞いてるハズです。
僕がテレビに夢中の頃、沢田研二さんがテレビで歌ってる番組のバンドは
「井上尭之バンド」ってスーパーが入ってるものが殆どでした。
何度か、尭之さんと一緒ギターを弾ける機会があった時がありました。
もぉ~ね、大興奮で、尭之さんに、当時の音作りの話しや、ギターのフレーズを、根掘り葉掘り聞かせてもらった事があります。
それを丁寧に、ちゃんとアンプは何でギターは何で・・・。って教えてくれて・・・。
ヤバい、こんなに日本と言う国で、無意識ながらもみんなが聞いてるギターサウンドって、他に無いんじゃないかな?
って思ったら「人はサウンドを表す」って思っちゃって、
これ程までに歴史を残すサウンドを弾いて来たのに、日本一、謙虚で優しいギタリストのままなの。
僕もこんな優しいギタリストになれたら本望であります。
尭之さん、永遠なれ。今頃天国でムッシュと、あ〜でも無い、こ〜でも無いってやっててほしいなぁ〜。
尭之さんが残した日本ロックのDNAは、ちゃんと歴史を引き継いでいます。
安らかに。お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。
僕がどれだけ頑張っても、尭之さんの足元にも及びませんが、あの、サウンドを、人間臭い音を、お手本にギターを弾き続けて行きたいと思います。本当にギタリストになる事を選んで良かったです。
 

2018年5月